特 集

この、「犬との共生に必要なマナー・家庭犬のしつけ方」は1〜10までをシリーズで載せていきます。

犬との共生に必要なマナー

家庭犬のしつけ方 10  (最終回)

しつけは胎教から
 私は、中学生の時に、こんな思い出があります。
 当時、私の通っていた中学校の校舎は、木造二階建てのとても古い建物でした。そして私が中学一年生の時の教室がその木造校舎の一階の教室でした。その建物は床が高く建築されており、地面から一メートルほど立ち上がっておりました。教室内の床板の一部が六十センチ四方くらいの蓋をかぶせたような状態になっており、その床板の蓋をめくり、床下に降りることができたのです。私たち同級生の男子五、六名は、休み時間になると床下に降りては遊んでいたのです。無論、そんなことが先生に見つかれば叱られることは当然のことでした。

 ある日、そのうち一人が床下で白い犬を見たというのです。私たちは何とかその犬を探そうと床下に降りては見たのですが、なかなか姿を現しませんでした。私たち同級生の床下グループは、白い犬のことでいろいろと相談をした。「その犬は飼い犬ではなく野良犬であろう」、「大きなこの校舎の建物のどこからか床下に出入りしているのであろう」、「なんとかその犬を床下で飼おう」と、そして「シロという呼名にしよう」と意見がまとまりました。
 昼休みになると、給食に出たパンやお菜を少しずつ床下に運び入れたのです。翌日、登校するやいなや床下へ降りてみると、昨日運んでおいたエサはきれいに食べられてなくなっていました。
 こうして、私たちの野良犬シロの餌づけが始まりました。毎日運ぶエサは確実に食べてられているようなのですが、なかなか私たちの前にシロは姿を現しませんでした。毎日、昼休みの給食が済んだころ、床下にエサを運んではシロを待ち続けたのです。
 十日ほど経過したある日のことでした。いつものように私たちが床下に降りてみると十メートルほど離れたところに念願のシロが姿を現した。しかし、私たちが「シロ、シロ」と声をかけ、近づこうとすると、すぐに立ち去ろうとしてしまいます。私たちが後退すればその分近づいて来るのです。床下での十メートルの距離を詰めることはなかなかできませんでした。餌づけには成功したのですが、通常の飼い主のように接触することはできませんでした。
 その後も毎日シロにエサを運ぶのですが、人がいる前ではエサに近づこうともせず食べませんでした。シロは人との接触のないまま生まれ育ったのか、それとも対人恐怖症になるような人に対して嫌な思い出が過去にあったのかもしれません。シロにとってこの床下は、毎日確実にエサにありつくことができ、また、襲ってくるような天敵もなく安全で豊かな領域だったことには間違いなかったのですが、私たちにはなかなか心を開いてはくれず、数ヶ月が過ぎ去りました。

 ある日、いつものように給食の残り物を床下に運ぼうとして、床板をめくり床下に降りようとした瞬間、シロが床下の奥の方から猛然と吠えついて来たのです。私が一番先に降りかけたのですが、あわてて床上に飛び上がりました。何事が起きたのか床下を覗き見ると、シロは上を見上げ「ウウー」と低い唸り声で威嚇するのでした。いったい、シロはどうしてしまったのか、今までに一度も私たちに吠えついたり威嚇したことはなかったのにと思っていると、「クンクン」「ピーピー」と子犬の声が聞こえたのです。なんとシロは床下の隅の方で出産していたのです。床下の隅の方で出産していたのです。床下の暗闇の中で十メートル以上近づけなかった私たちは、シロが妊娠していたことに気づかなかったのです。今思い出すと出産直後のシロは、繁殖本能に分類される養育本能が強く発揮され、自分の子犬を護ろうとして私たちに猛然と唸り声を上げ威嚇してきたのでしょう。私たちはシロを刺激しないように床下に降りることを止め、床上からエサを放り投げることにしました。その後も、懐中電灯で照らしては子犬の様子を見ようとしたのですが、その度にシロに威嚇されました。
 それから、さらに一ヶ月の後、床下にシロの姿が見えず子犬だけがそこにいる様子でした。私たちは子犬を見る絶好のチャンスと好奇心を募らせ、床下に降りてみました。懐中電灯を照らしながらゆっくりと子犬に近づいたのです。五メートルほど近づくと子犬が三頭いることが確認できました。子犬たちは体を震わせ、硬直した様子で私たちを見ていました。さらに近づこうとした時、三頭の子犬たちは一斉に唇にしわを寄せ白い乳歯をむき出しにして「ウウ・・・」と威嚇するのです。私たちはそれ以上接近することを断念し、エサをそこに置き、去りました。
 このことは、私の子供のころの昔の出来事ですが、その時の子犬たちの状況は今でも鮮明に脳裏に焼きついております。シロという母犬には触れることができなくとも、きっと、その子犬たちを抱き上げ、可愛がってあげられると信じて床下に降りたのですが、予想に反して子犬たちが白い歯をむき出し、威嚇してきたために接近できなかったということが、子供心に大きなショックとなり、今でも鮮明に脳裏に記憶しているのだと思います。

 私は現在、「S・ウイスタリア」という犬舎号を登録しております。「S」とは「聡」の頭文字で「ウイスタリア」とは「藤の花」ですから聡、藤井の犬舎という意味です。十年ほど前からいろいろな犬種を数多く繁殖してまいりましたが、中学生時代の私のこのような経験を教訓にしつつ繁殖に望んでいるのです。
 つまり、どんな目的に応じた犬であっても繁殖する上で一番大切で重要なことは人と犬との信頼関係、いわゆる人と犬との絆を築きやすい性格づくり、絆を築きやすい良い性格を兼ね備えた子犬を繁殖していくということです。家庭犬として、またはドッグショー用犬、訓練犬として、それぞれの目的に適合する良い繁殖犬であっても、その犬の気質を十分把握した上で繁殖を計画しなくてはならないと思います。なぜならば、犬の気質は優性に遺伝するからなのです。特にシャイな犬と言われるような臆病なタイプ、さまざまな恐怖症を持つ犬たちです。たとえば、雷、花火、銃声などに反応する「音響恐怖症」。人に対して特定、不特定な家人、子供、他人などに反応する「対人恐怖症」。外に出たがらない、繁華街や踏み切り、車両などに恐怖を感じる「環境恐怖症」。孤独に対して恐怖を感じる「分離不安定」。恐怖からの自衛的攻撃行動をとる「咬癖症」。又、咬癖症にはさまざまな優位性・支配性の攻撃行動も含まれます。
 私はブリーダとして、このようないろいろな問題を先天的に強く持った犬を繁殖に使用してはならないと強く感じております。後天的にこのような問題が発生してしまった犬の場合であっても同じです。早期にその問題を矯正し、完全に矯正が成功された後に交配しなくてはならないのです。
 「胎教」とは、妊娠が胎児に良い影響を及ぼすようにすることなのですが、犬の場合であっても妊娠中の母犬に問題行動が生じているとしたら、それは確実に胎児に悪い影響を及ぼすことになると私は信じています。
 昨年の丁度今頃、私は「アズキ」という名のポメラニアンの繁殖に成功しました。私が成功したというのは、無事に子犬を出産させその子犬を健康に育てた、ということではありません。


画 ゆーちみえこ

 まず、母犬が妊娠期間中い多くの他人に接触させタッチングしてもらうのです。人との絆を築きやすい性格づくりに、このことを胎教から始めていくのです。そして、出産後も直ちに母犬アズキの目の前で新生子をまず家のものが手の中に入れて触り、他人にも同じことをしてもらうのです。この時、母犬は静かに落ちついて静止していなくてはなりません。そのことを生後六十日くらいまで続け育った子犬は、その将来、愛犬家の家庭で落ち着きのある従順で温和な子犬として、しつけも施しやすく人との密なる絆を築き、飼い主と幸せに共生することができるのです。

校舎の床下で出産したシロの子犬たちとアズキの子犬たちでは、飼い主として大きな差が生じるのです。「しつけは胎教から」ということを多くのブリーダーの方々に考えていただき、優良家庭犬が多く普及することを願っております。

 「犬との共生に必要なマナー」と題して十回にわたって連載してまいりましたが,今回で最後となりました。拙い文章ではありましたが、一人でも多くの方々に理解していただけるようにと、私のこれまでの経験を踏まえて書いてまいりました。この連載が少しでも愛犬家の皆様のお役に立つことができれば幸いです。



【掲載は1999年(社)日本動物愛護協会の発行誌「動物たち」からを承認を得て掲載したものです】
(筆者 PD公認一等訓練士 藤井  聡)

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