ある日、そのうち一人が床下で白い犬を見たというのです。私たちは何とかその犬を探そうと床下に降りては見たのですが、なかなか姿を現しませんでした。私たち同級生の床下グループは、白い犬のことでいろいろと相談をした。「その犬は飼い犬ではなく野良犬であろう」、「大きなこの校舎の建物のどこからか床下に出入りしているのであろう」、「なんとかその犬を床下で飼おう」と、そして「シロという呼名にしよう」と意見がまとまりました。
昼休みになると、給食に出たパンやお菜を少しずつ床下に運び入れたのです。翌日、登校するやいなや床下へ降りてみると、昨日運んでおいたエサはきれいに食べられてなくなっていました。
こうして、私たちの野良犬シロの餌づけが始まりました。毎日運ぶエサは確実に食べてられているようなのですが、なかなか私たちの前にシロは姿を現しませんでした。毎日、昼休みの給食が済んだころ、床下にエサを運んではシロを待ち続けたのです。
十日ほど経過したある日のことでした。いつものように私たちが床下に降りてみると十メートルほど離れたところに念願のシロが姿を現した。しかし、私たちが「シロ、シロ」と声をかけ、近づこうとすると、すぐに立ち去ろうとしてしまいます。私たちが後退すればその分近づいて来るのです。床下での十メートルの距離を詰めることはなかなかできませんでした。餌づけには成功したのですが、通常の飼い主のように接触することはできませんでした。
その後も毎日シロにエサを運ぶのですが、人がいる前ではエサに近づこうともせず食べませんでした。シロは人との接触のないまま生まれ育ったのか、それとも対人恐怖症になるような人に対して嫌な思い出が過去にあったのかもしれません。シロにとってこの床下は、毎日確実にエサにありつくことができ、また、襲ってくるような天敵もなく安全で豊かな領域だったことには間違いなかったのですが、私たちにはなかなか心を開いてはくれず、数ヶ月が過ぎ去りました。
ある日、いつものように給食の残り物を床下に運ぼうとして、床板をめくり床下に降りようとした瞬間、シロが床下の奥の方から猛然と吠えついて来たのです。私が一番先に降りかけたのですが、あわてて床上に飛び上がりました。何事が起きたのか床下を覗き見ると、シロは上を見上げ「ウウー」と低い唸り声で威嚇するのでした。いったい、シロはどうしてしまったのか、今までに一度も私たちに吠えついたり威嚇したことはなかったのにと思っていると、「クンクン」「ピーピー」と子犬の声が聞こえたのです。なんとシロは床下の隅の方で出産していたのです。床下の隅の方で出産していたのです。床下の暗闇の中で十メートル以上近づけなかった私たちは、シロが妊娠していたことに気づかなかったのです。今思い出すと出産直後のシロは、繁殖本能に分類される養育本能が強く発揮され、自分の子犬を護ろうとして私たちに猛然と唸り声を上げ威嚇してきたのでしょう。私たちはシロを刺激しないように床下に降りることを止め、床上からエサを放り投げることにしました。その後も、懐中電灯で照らしては子犬の様子を見ようとしたのですが、その度にシロに威嚇されました。
それから、さらに一ヶ月の後、床下にシロの姿が見えず子犬だけがそこにいる様子でした。私たちは子犬を見る絶好のチャンスと好奇心を募らせ、床下に降りてみました。懐中電灯を照らしながらゆっくりと子犬に近づいたのです。五メートルほど近づくと子犬が三頭いることが確認できました。子犬たちは体を震わせ、硬直した様子で私たちを見ていました。さらに近づこうとした時、三頭の子犬たちは一斉に唇にしわを寄せ白い乳歯をむき出しにして「ウウ・・・」と威嚇するのです。私たちはそれ以上接近することを断念し、エサをそこに置き、去りました。
このことは、私の子供のころの昔の出来事ですが、その時の子犬たちの状況は今でも鮮明に脳裏に焼きついております。シロという母犬には触れることができなくとも、きっと、その子犬たちを抱き上げ、可愛がってあげられると信じて床下に降りたのですが、予想に反して子犬たちが白い歯をむき出し、威嚇してきたために接近できなかったということが、子供心に大きなショックとなり、今でも鮮明に脳裏に記憶しているのだと思います。
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