特 集

この、「犬との共生に必要なマナー・家庭犬のしつけ方」は1〜10までをシリーズで載せていきます。

犬との共生に必要なマナー

家庭犬のしつけ方 3  

 私は現在、シネラーという名の生後五ヶ月になる牝のシェパード犬を飼育しております。今日は、このシネラーにまつわるお話をさせていただきます。

 シネラーと私が初めて出会ったのは、シネラーが生後四十五日の時のことでした。彼女は北欧のバルト三国と呼ばれているバルト海に面したリトアニア、ラトビア、エストニアのうちのエストニアという国で生まれました。エストニアの北側は、フィンランド湾に面しており、百キロ海を越えると、そこはフィンランドのヘルシンキ。このような地形に位置している小さな国でシネラーは生まれたのです。

 私は昨年WUSV(世界ドイツ・シェパード犬団体連盟)主催の訓練の世界選手権の開催国であるフィンランドに遠征に行きました。その世界選手権の開催中、ヤニスミオネンという二十七歳の男性が、ボランティアとして我々日本チームのいろいろなお世話をしてくださったのです。彼には大変お世話になり、我々は滞在中何一つ不自由することなく、無事に競技会を終了し、帰国することができました。大変感謝をしております。
 この彼もまたシェパード犬の愛好家で、ペトという名の優秀な牡の訓練犬を所有していました。滞在期間中五日目のことでした。彼が私どものところにやって来てこう言うのです。「明日どうしても用事があり、エストニアまで行かなくてはならない。だから、明日一日皆さんの面倒を見ることができない。申し訳ない。」と。私は、彼がエストニアに何しに行くのかと尋ねてみました。すると彼は、自分の所有するペトとエストニアにいる知り合いの牝のシェパードと交配をし、その間に子犬が生まれ、交配料の代わりにその子犬を一頭もらってくるのだと、私に説明をしてくれました。

 翌々日、私どもは競技会の前日で、スタジアムでの公開練習の日でした。我々は与えられた時間に公開練習を済ませ、駐車場に戻ってみると、昨日エストニアに行ったヤニさんが、生後四十五日の子犬を連れて我々が戻るのを待っていた様子でした。その瞬間がシネラーと私の初めての出会いの時だったのです。シネラーは、生後四十五日にしては骨も太く十分な発育状態でした。見るからに明朗快活な稟性を備え、活発に駐車場付近を走り回っていました。その付近を通る人々が、シネラーの可愛さに足を止め、ヤニさんに、その子犬についていろいろ質問をしているようでした。彼はその度にシネラーを呼び寄せては、その人たちに抱いてもらったり、触ってもらったりしていました。そして、この子犬が自分のペトの子犬であると自慢気に話をしているようでした。

 一見この光景は、自分の子犬を見せびらかしているように見えますが、実はこのような行為が、その子犬にとってとても大切な社会化馴致の一つではないかと、私は強く感じました。犬の生後一ヶ月から生後三ヶ月ぐらいまでの間を社会化期といいます。この頃が犬にとって最も環境に興味を持つ期間であり、社会環境に最も順応しやすい時期でもあります。また人との絆を築き、よい性格作りをする大切な時期なのです。その後も彼は、毎日自分の車にシネラーを乗せ、行く先々でいろいろな人々の中に子犬を連れて歩き、いろいろな人達に接触させていました。

 私はすっかりこのシネラーを気に入ってしまい、帰国前、彼にシネラーが生後三ヶ月を過ぎたら、ぜひ日本に送ってくれないかとお願いをしたのですが、彼はイエスともノーとも返事をしてくれませんでした。私は半分諦めかけながら帰国しました。それから約一ヶ月が過ぎたころ、一枚のファックスがフィンランドから流れてきました。「もしかして・・・」と思った瞬間、やはりそうでした。ヤニスミオネンからのファックスでした。彼はやっとシネラーを手放す決心がついたようでした。私は嬉しくて、何回もそのファックスを読みなおしました。そのファックスには、シネラーをいつどのように日本に送ったら良いのかを指示してくれというような内容が書かれていました。

 こうしてシネラーは日本の私の所に来ることになったのです。生後四十五日から彼のもとで育てられ、十分に社会化馴致を済ませたシネラーは私の所に来た日から、まるで数ヶ月も前からここに居たような顔をして、事務所や台所の中を自由に話し飼い状態にしていました。しかし、何の煩わしさもなく、扱いやすい期待通りの犬に育っていました。私はシネラーの健康診断のために、獣医科病院に連れて行きました。シネラーは車に乗せてもおとなしくライトバンの荷台に乗っていました。また、獣医科病院で診察の順番を待つ間も、治療台の上でおとなしく一人でじっと待っていました。獣医さんからいろいろ健康チェックを受けている間も、彼女はおとなしくされるままの状態で、診察を受けていました。診察のあと、「とっても扱いやすい犬ですね。おりこうさんですね。」と獣医さんにほめられ、帰宅してまいりました。

 我々日本人社会においては、子犬を飼いはじめた頃は、なるべく外に出さないで、他人との接触も少なく、他の犬との接触もないほうが病気予防のためにもよいとお考えになる方が多いように思われます。そして、四、五ヶ月くらい経って、ある程度大きくなったてから外に出せばよいと。しかし、前にもお話しましたように、生後一ヶ月から三ヶ月ぐらいの間が一番順応性の高い時期

なので、この時期を見逃してはならないのです。これはしつけ全体にもいえることで、子犬だから、赤ちゃんだからといって、もう少し大きくなったらちゃんとしつければよいとお考えになり、その結果大切な社会化期を見逃してしまうという傾向が多いように思われます。

 私がフィンランドで見たヤニさんのシネラーへの対応は、我々日本人にしてみれば、小さな子犬を連れ回してかわいそうだと思うでしょうが、決してかわいそうなことではなくて、自然に正しいしつけを彼はしていたのです。社会化期における適切な対応が、その後の犬の性能に最も大きく影響を与えます。犬が順応誠実で、人や犬に対しても好意的な行動をし、将来において、飼い主との強い絆と信頼関係を築くようになれる性質を作るためには、社会化期における社会化環境馴致と、密なる人とのスキンシップ、そして飼い主のリーダー的対応の仕方が必要で、一生で最も重要な管理時期、それが犬の社会化期なのです。



【掲載は1999年(社)日本動物愛護協会の発行誌「動物たち」からを承認を得て掲載したものです】
(筆者 PD公認一等訓練士 藤井  聡)

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