特 集

この、「犬との共生に必要なマナー・家庭犬のしつけ方」は1〜10までをシリーズで載せていきます。

犬との共生に必要なマナー

家庭犬のしつけ方 5  

権勢症候群の犬たちと散歩
 ご自分の犬が可愛くて、犬の要求をなんでも満たし、犬の言いなりに対応し続けてしまった結果、育ててはならない権勢本能が発達し、拮抗していたはずの服従本能も、徐々に低下し始め、権勢症候群の発症となるのです。権勢症候群は、決して病気ではありません。一つの症状(問題行動の発生)とお考えください。
 今回は、権勢症候群が多く発症する散歩の仕方について具体的に解説してみたいと思います。「犬は好きだけど飼わない」という方の話をよく聞くことがあります。どうして飼わないのですか?と尋ねると、必ず返ってくる答えが、「朝夕の散歩が大変でしょう」ということなのです。今回はこのような方に大変にならない散歩の方法をお話しします。

 そして、この散歩に関わる問題行動が非常に多いのも事実です。犬を飼わない方も、飼いはじめた方も、必ず考えることが、朝夕時間を決めて規則正しく「散歩に犬を連れ出さなくては可哀相」とか「散歩させないとストレスが溜まるでしょう」などと言って、犬を飼うことに義務感を持ち、せっせと犬に尽くすのです。犬に対する愛情が義務感と勘違いされているケースが多いようです。又、散歩をトイレを兼ねる方が多く、トイレは散歩でさせるもの、と思われている方も多くいらっしゃいます。いずれにしても散歩とトイレを切り離して考えなくてはいけません。なぜならば、トイレは散歩でするとなると、散歩に行かないとトイレをしない習慣が身につきます、そうなると、雨の日も雪の日も一年三六五日、朝夕二回、規則正しく義務的に、犬に尽くしてしまう結果になってしまうのです。

ここで問題行動が発生します。犬は素晴らしく良い時間の感覚を持っていて、規則正しく時間を決めて散歩していると、その時間になると吠え始め、飼い主に知らせるのです。始めの頃は「うちの犬は時間が分かるのよ、お利口さんでしょう」などといっているうちに、決めた時間より段々早く吠えだすようになります。飼い主さんがお休みの日であろうが、風邪を引き体調が悪い日であろうが、朝吠えて起こされるのです。ご近所にも迷惑が掛かるので、仕方なく犬に起こされて、しぶしぶ散歩に出なくてはなりません。私が相談を受けた方で、毎朝六時半に散歩に出ていたが、だんだん吠え出す時間が早まり、半年のあいだに二時間も早くなり四時半に起こされてしまっているというのです。この状態を続けていれば、どんどんエスカレートし、夜中の二時、一時にでも、という話になってしまいます。その犬は「吠えれば飼い主が対応するぞ」と自分の欲望行動を「吠えれば満たされる」と理解するのです。

結果、犬は「飼い主をうまくしつけたぞ」となるのです。飼い主さんが正しくしつけるはずだったのが、いつの間にか逆に犬にしつけられてしまう情けない結果になり、権勢症候群の発症となるのです。このようなケースの対策としては、まずトイレと散歩を切り離してください。トイレは家の中か敷地内、もしくはその近辺で、その場へ出せばトイレを済ませられる。その犬のトイレとする場所を作ることです。散歩に出る前は充分にトイレを済ませ、出掛けましょう。歩きながら、あっちの電柱こっちのブロック塀、と、マーキング行動をさせながら歩くことは、犬の言いなりになって歩いてしまい、縄張り意識と権勢本能を強化する結果になってしまうのです。

そして、その付近の住民の方々にとっては、大変迷惑な話なのですから、愛犬家の正しいマナーとしてもぜひ改めていただきたいものです。
 散歩の時間は毎日変化させます。時間の感覚を覚えさせず、習慣的に行動しないことです。いつ散歩に行けるか分からない、という状態にしておけば犬の世話要求行動が発生しないのです。犬に要求させないような飼い主さんの対応が、その犬のリーダーとしての地位を獲得することにもつながるのです。

犬が要求しないことで従属的になり、その分、飼い主さんが優位的になれるということなのです。
 いつ散歩に行けるか分からない状態にしておき、トイレは散歩と別に済ませておいた上で、犬のために散歩に行くのではなく、自分の健康のために散歩に行くのだ、「犬は付録で付いてきなさい」と、このような気持ちで歩かれると、犬にとっては素晴らしく立派な頼りがいのあるリーダーと尊敬されるのです。


散歩の時間を毎日変える

 リードを付けて散歩に出るという行動は、犬にとって群れが移動することなのです。群れの移動はリーダーであるボスが先頭を歩き、行き先を決めるのもボスなのです。それなのに、犬ばかりが、このような散歩の仕方を続けることにより、継続は力なりと権勢本能が徐々に成り上がるのです。先頭を歩き続けた成り上がりのお上りさんは、行き交う他の犬たちに吠えまくり、それを制御できない飼い主さんに対し、犬は保護者的意識を強く発揮するようになり、さらに、強く吠えまくるのです。このような状態が続くと今度は、他の犬に対し攻撃行動に出るようになり、完全な権勢症候群の犬が出来上がるのです。群れの移動中、他の群れの犬が接近すると「どけどけ、ここは俺の縄張りだ」と吠えまくり威嚇するのです。

そして、犬は群れの仲間(飼い主)を護るのだ、と強い保護意識から完全な攻撃行動に出るのです。このようなケースでの対策としては散歩コースを決めない、マーキングをさせない、他の犬が近づいたとき、飼い主さんは無言のまま主導的歩行をとり、絶対に制止させる。飼い主さんのモラルとして、吠えだす自分の犬に毅然とした態度を表すことに心掛けなくてはならないのです。このような時や、いろいろな問題行動に対処する際、絶対に声を出さないで下さい。大声を出して叱れば叱るほど、その問題行動を強化することになっていまいます。無言で対応することが大切で、叱って良くなるなら権勢症候群の発症もしないはずです。

 私は日頃、愛犬家の方々からいろいろな相談を受けますが、その中で、一番多いのが飼い主さん自身が怪我をされてしまうことです。犬に引きずられ転倒し骨折、肩を脱臼、手首の腱鞘炎などなど、飼い主さんが犬にこんなに痛く辛い思いをさせられても、犬は飼い主さんに申し訳ないことをしてしまった、「ごめんなさい」とは思わないのです。犬に反省を求めても無駄なことなのです。

 今年の一月三十一日付けの新聞で「女性襲う犬制止せず」という記事を読みました。この事件は飼い主を連れて散歩中の女性とその犬を同じく飼い主と散歩中の犬が襲いかかり、その相手の女性と犬に大怪我をさせ、襲いかかった犬の飼い主は自分の犬を制止せず黙って見ていた。その後謝罪もせずに現場から立ち去った。この地域では同じような事件が何件も発生しており、所轄の警察署ではその飼い主を数回に渡り任意の呼び出しをしたが応じなかった。同署は悪質とみて、過失傷害の疑いで逮捕した。という内容の記事でした。私は、この記事を読みながらとても辛い気持ちになりました。なぜその飼い主は自分の犬をきちんと制御しないのだろう。制御すればこのような事件に発展せずに済んだはずです。飼い主が自分の犬との間にYESとNOの対応がなく、全部中間の対応を取りつづけることによって権勢症候群の発症となるのです。人間社会で犬と共生していく飼い主のモラルとして、他人様や他の犬に迷惑を掛けない正しい散歩の仕方に心掛けて頂きたいものです。このことも犬との共生に必要な大切なマナーなのだと強く感じるしだいです。



【掲載は1999年(社)日本動物愛護協会の発行誌「動物たち」からを承認を得て掲載したものです】
(筆者 PD公認一等訓練士 藤井  聡)

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