特 集

この、「犬との共生に必要なマナー・家庭犬のしつけ方」は1〜10までをシリーズで載せていきます。

犬との共生に必要なマナー

家庭犬のしつけ方 6  

権勢症候群の犬たちと攻撃行動
 「飼い犬に手を咬まれる思い」という言葉が人間同士の喩えとして古くから使われてきています。それは大変ショッキングなことを意味することだと思いますが、実際に犬が人に咬みつくという行動が、犬だから咬むのが当たり前と考えている方が非常に多くいらっしゃるようです。犬の攻撃行動が当たり前と、安易に受け取り簡単に見逃してしまい、それを許してしまっていることが、取り返しのつかない結果になっていまうのです。

 今年の一月頃に私が受けた相談に、このような例がございました。生後十ヶ月の小型犬の牝で、飼い主さんはその犬を飼うのが三頭目だそうで、「一頭目、二頭目の犬たちの時はこんなことがなかったのに」とおっしゃるのです。お話を聞いてみますと、前の二頭の犬たちは自分なりにしつけも良くできて、何も問題行動が起きず、これは飼いやすい種類の犬と思い三頭目も同じ種類の犬を購入したそうです。
 しかし、その子犬が生後八ヶ月程度経過したある日のことでした。自宅に友達が遊びに来ていて、今までは誰にでも愛想良く撫でられたり抱かれたりしていたのに、その日はなぜか友人に近づこうとしなかったのです。「あらどうしたのかしら」などと言っているうちに低い唸り声を出し始めたのです。「ウー」「今日はご機嫌が悪いのかしら」声をかけると更に強く唸り始めたのです。「ウォー」これは完全に威嚇の状態で、唸り声と共に唇に皺をよせ歯を見せるのです。「なによ、こっちにいらっしゃい」と友人が両手を差し出すと、猛然と差し出した手に攻撃してきたのでした。突然の豹変ぶりにびっくり仰天した飼い主は、その瞬間何がどう起こったのか、一瞬唖然としてしまいましたが、直ちに「ダメ、ヤメナサイ」と言ってその犬を抱き上げたのですが、今度は抱えた飼い主の手を咬んでしまったのです。飼い主はその咬まれた痛さと恐怖に驚き、抱えていた両手を放してしまいました。犬は床に落ちたもののすぐに体勢を立て直すと今度は、立ち竦む二人に立ち向かい「ウォーワン、ウォーワン」と威嚇と咆哮を続けていたのでした。それは飼い主は、興奮の収まらない犬を無視し、自宅でできる怪我の応急処置をし、友人と二人で病院に駆け込み手当てをして頂いたそうです。帰宅時には、犬の興奮も収まってしたそうですが、その後その犬は他人が近づくと必ず「ウォー」と威嚇するようになり、飼い主は他人と接触させることが怖くなり、回りの人達に接近しないよう振る舞うようになりました。この事故が起きた二ヶ月後、困り果てた飼い主は重い腰を上げ、攻撃行動の矯正に取り組み始めたのです。

 犬の攻撃行動の大半は、優位性、支配性の行動と言ってもよいと思います。今回の事故も飼い主の家の中で発生しています。犬は家や敷地内が自分の領域で、一番強気になれる場所なのです。その領域に他人が侵入してくるわけですから、犬にとってはたまったもんではありません。他人は友人宅に招かれ友好的な気持ちで訪問するわけです。ここで考えて頂きたいのが本当の犬の気持ちです。犬にしてみれば何とか領域から他人を排除しようと防御や縄張りに起因する攻撃行動に出るわけです。飼い主もその友人もこの時、犬の心理状態を擬人化して解釈してしまい、その結果、人と犬との間に大きな溝ができてしまうのです。愛犬家や犬に関わる人達は、決して擬人化することなく、犬の本能習性を理解した上で、犬の気持ちを考え対応しなくてはならないのです。

 まず、今回のこの事故の場合、飼い主も訪問者も犬が「ウー」と唸り出した時その唸り声にすぐに反応してしまいました。「今日はご機嫌悪いのかしら」などと犬に向かって喋ってしまっています。人間の方は子供をあやすような気持ちで、なだめすかすかのように喋っています。これが先程から言っている擬人化した対応になっているのです。犬にしてみれば「お前は強いな」「よく唸ってるぞ」と激励の言葉になってしまうのです。励まされた犬はさらに強く自信を持ち「ウォー」と威嚇し続ける結果になってしまったのです。なだめすかすはずが逆効果、問題行動を強化する羽目になってしまうのです。犬は「ウォー」と相手を威嚇し、それでも相手が引き下がらなければ唇に皺を寄せ歯を見せます。特に犬歯という門歯の両隣にあるとがった歯、食肉獣では発達しており牙ともいいますが、この犬歯を相手に見せることによって、犬の威嚇はさらに強化せれるのです。ですから犬にとって犬歯は自己の持つ最大の武器なのです。その武器を盾に取っても引き下がらない相手には、攻撃行動に出るのです。今回も「何よ、こっちにいらっしゃいよ」と言いながら両手を差し出した瞬間に攻撃行動が発生したのです。次はそれを何とか止めさせようとした飼い主が「ダメ、ヤメナサイ」と大声を発し犬を抱き上げたため、犬の興奮はピークに達し頭の中は真っ白、何が何だか無我夢中のまま抱え上げられた飼い主の手を咬んでしまったのです。この時、飼い主も訪問者も犬を無視することができれば、このような咬傷事故は起きなかったはずです。犬が生意気に唸り始めた時、一切何も聞こえなかったふりをし、無視できれば犬は「唸っても人間は何の反応もないぞ、自分は強くはないのだ」と感じるはずなのです。犬を無視しながら飼い主と来客、人間同士は決して正面で向かい合わず横に並び、普通に話をしていればよいのです。正面で向かい合い対面することは、犬にとって群れの仲間が他の群れの者と対決していると感じるのです。お客様が帰るまで吠え続ける犬がいますが、この場合も同じです。来客の方に説明し協力していただくのです。一切犬を無視し、来客と飼い主は横に並んで話をすればよいのです。この体表現により犬に来客が敵ではなく味方であることを伝えることができるのです。

 今回相談を受けたこの犬の場合、幸い、生後十ヶ月と若く、同時に攻撃行動が習性化していなかったため、早期に発生過程原因を究明し把握した上で、行動原因矯正療法を用い容易に確実に矯正ができました。もし、この場合、行動対症強制療法で対応したならば、唸ったり咬んだりした時、暴力的直接対決になり犬は人間に対する不信感が募るばかりで、一時的に治まったとしても永久的矯正は不可能です。


犬を無視して来客と並ぶことにより、犬に敵でないことを伝える

 それにしてもこの犬の場合、子犬の時から可愛い可愛いで育てられ、犬が家庭内で常に中心になり育っていった結果生じた状態、いわゆる権勢症候群なのです。犬が問題行動を起こす原因はその犬にあるのではなく、飼い主の犬に対する対応の仕方に問題があるのです。犬はあくまで犬なのです。人間とは違う動物なのですから決して犬に対して、擬人化した考え方や対応をしないことが、犬との共生に最も大切なマナーではないでしょうか。
 家庭犬のしつけも問題行動の矯正も、それ程難しいことではないのです。少しだけ可愛いという気持ちを抑えることができるならば。



【掲載は1999年(社)日本動物愛護協会の発行誌「動物たち」からを承認を得て掲載したものです】
(筆者 PD公認一等訓練士 藤井  聡)

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