特 集

この、「犬との共生に必要なマナー・家庭犬のしつけ方」は1〜10までをシリーズで載せていきます。

犬との共生に必要なマナー

家庭犬のしつけ方 7  

「制御」とはしつけの第1歩
 制御とは「意のままに支配する」という意味であるが、こと犬に関して「制御する」とか「支配する」というと、「可哀相」という愛犬家の方が多くいらっしゃるようですが、何も制御せずに犬を飼育していれば、必ずといってよいほどわがまま犬ができあがり、様々な問題行動の発生につながり、権勢症候群の犬と呼ばれる犬が誕生するのです。その反面、犬に特別なしつけや高度な訓練を施さなくても、飼い主さんが自分の犬にきちんと制御できる対応をしていれば、犬は飼い主さんに従い従属的な犬になるのです。犬を飼い始めた時からいろいろな場面場面できちんと制御できるということは、犬に正しいしつけをするということにつながるのです。

 私が愛犬家の方々にしつけのご指導をさせていただいている中で、「制御」という言葉と同様に「抑える」という言葉をよく使います。犬を制御することも、犬を抑えることも同じような意味ではありますが、「抑える」のは犬だけではありません。飼い主さんの犬に対する気持ち、「可哀相」とか「可愛い」という気持ちをご自身で抑えることができれば、自然に犬を制御することにつながるのです。そして、それが犬のしつけの第一歩なのではないでしょうか。

 私は多くの愛犬家の方からご相談を受けますが、愛犬家の方がおっしゃる「可愛い」という部分はわかるのですが、「可哀相」という内容の話は理解できません。「可哀相」だからこうもする、ああもするというような内容を私が聞くと、その犬にとっては何も可哀相なことはないのです。飼い主さんだけが、勝手に可哀相と思い込んでいるだけの話にすぎないのです。良くない擬人化した考え方をすると、犬の気持ちを無視し、犬にとって正反対な対応になってしまうのです。擬人化した考え方がすべて悪いというわけではなく、反面、擬人化した考え方が良い場合もあります。
 例えば、登校儀式がそれです。家庭内で子どもさんが三、四歳になると幼稚園に入園します。三、四歳の幼児ではまだ自分のことすべて一人でできないので、お母さんが朝起きたときから、着替えを手伝ったりして送りだすのです。やがて六歳になり小学校に入学、ピカピカの一年生に成長するのですが、幼稚園時代の名残りも手伝ってか、「早くおきなさい、学校に遅刻するわよ」「早くトイレに行って顔洗って」「早くご飯食べて」「時間割そろえた?」「ハンカチ持った?」「忘れ物ない?」「しっかり勉強してくるのよ」「じゃあね、行ってらっしゃい」と送りだすのです。多くの家庭で子どもさんが、このように母親から「ああしろ、こうしろ」と規制するかのごとく制御されているのです。毎日の生活の中でこの登校儀式が習慣となり、これもまた子どもへのしつけにつながるのではないでしょうか。

 犬を飼い始めたら犬にもこのように規制したり制御したりしていただきたいものなのですが、なぜか犬には規制したり制御したりしないのです。犬が可愛いという気持ちを抑えきれずに、つい犬に、「どうしたの?何々ちゃん」「お水飲みたいの?それともお腹すいたの?」「お外に行きたいの?じゃあ散歩行きましょうね」などと言って、規制・制御するどころか、犬の欲求をすべて満たしてあげてしまう、犬の言いなりになってしまい、まるで受け身の状態になってしまうのです。飼い主さんが受け身の状態を続ければ、犬は自己の欲求を人に要求すれば満たされると学習してしまうのです。このようなことを毎日の生活の中で徐々に体得した結果、自己主張の強いわがまま犬ができあがるのです。人の子どもさんは、親御さんにとって可愛いから登校儀式のように規制しながらしつけをし、学校に通わせ教育しているのですから、犬にも同様にしつけと教育をしていただきたいと強く感じます。

 今回私が、なぜこのように「制御」という言葉にこだわり、しつけのお話をさせていただいているかと申しますと、実は今年度のWUSV(世界ドイツ・シェパード犬団体連盟)の訓練世界選手権遠征中に、素晴らしい「制御」の場面に遭遇し、思わず写真を何枚も撮ってしまったのです。というのは今年のWUSVの世界大会は十月の三日から五日まで、スイスのルツェルンという町で開催されました。私ども日本チームのメンバーは、九月二十五日から、二十九日までベルギーに滞在し、練習してからスイスに移動したのです。そのベルギーでの滞在中の九月二十八日に、ベルギー国内だけの訓練競技会が開催されると聞いたので、日本チームメンバー全員で、自分たちの練習の中休みをして見学に行った時のことだったのです。
 会場は広々としたスポーツ公園のようなところで、様々なスポーツ競技施設があり、その中のサッカースタジアムで家庭犬の競技会が開催されていたのです。家庭犬の訓練競技といっても、ヨーロッパ各国・アメリカ・日本のそれぞれのお国柄で、その内容も課目もさまざまな違いがあります。私はこの日、ベルギー式の家庭犬の訓練競技を見学するのは初めてのことでした。それは今までに見たことのない、いろいろな課目が実施されており、大変興味深いものでとても楽しく見学することができ、また大変参考になりました。その競技会のリンクサイドに多くの人々が集まり、皆楽しそうに競技を観戦していました。その時、私は素晴らしい「制御」の場面に遭遇したのでした。それは私が観戦している数メートル斜め向こう側に、小学校六年生ぐらいの少女がリンクサイドの手すりに両肘をつけ熱心に競技会を観戦していたのです。そして、少女の足元には生後五十日ぐらいのシェルティーの子犬が、リードをつけられそこにいたのでした。

私は、その子犬が大変小さかったので、少女の足元にいることに気づきませんでした。少女が何回かしゃがんでは立ち立ってはしゃがみとくり返す動作を見て、私は彼女は何をしているのかと思い、彼女の足元をふと見ると、そこには小さなシェルティーの子犬がいるではないですか。


ベルギー式の家庭犬の訓練競技会
(ベルギーのサッカースタジアム)

 彼女は自分の子犬に「アフ・アフ」と言い聞かせていたのです。ベルギーの訓練用語で「アフ・アフ」とは「伏せ」という意味(声符)なのです。その子犬はしばらくは伏せてじっとしているのですが、その近くを犬を連れて人が通る度に、子犬は立ち上がりチョロチョロしだすのでした。その度に、彼女はしゃがみ両手で子犬を伏せさせ、「アフ!アフ!」と言っているのです。そんなことが四、五回続いた時彼女はついに子犬を仰向けに鼠径部呈示させ「アフ!」とひとこと言うと、数分間無言で鼠径部呈示させたまま制止させていました。その後、彼女は子犬を伏せの姿勢に戻し、もう一度「アフ」と声符を言い立ち上がり、競技を観戦し続けました。私は、その瞬間の彼女の子犬とのやり取りを一部始終見て、少女ながら的確な制御の仕方に感心させられました。それで思わず何枚も写真を撮ってしまったわけです。その子犬にしてみれば、大事な社会化期に多くの犬や人の中で、自分勝手に自由にはできない、飼い主に従わなくてはならないと学習し、良い社会化馴致になったことでしょう。また、少女はこの会場のリンクサイドで犬をきちんと制御できたことで、この犬のリーダーとしての地位を獲得したことになるでしょう。それにしても、この少女と子犬は将来ずっと良い関係を保ち、両者共に幸せになることと、強く感じさせられました。

 自分の犬を制御するということは、犬のしつけをする上で大切な第一歩なのです。そして、犬との共生に最も必要なマナーではないでしょうか。



【掲載は1999年(社)日本動物愛護協会の発行誌「動物たち」からを承認を得て掲載したものです】
(筆者 PD公認一等訓練士 藤井  聡)

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